| 和田: |
エドガー・ケイシーの名前を聞いたことがあるという人は多いと思うんですが、20世紀の霊的巨人、眠れる預言者と言われていますね。 |
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| 光田: |
生まれは19世紀ですが、20世紀前半に活躍した霊能者、サイキックですね。 |
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| 和田: |
そのケイシーについて、ご存じない方のために、少し詳しくお話しいただけますか? |
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| 光田: |
はい。エドガー・ケイシーという人は、1877年3月18日に、アメリカのケンタッキ州で生まれたんです。亡くなったのは、1945年1月3日ですから、今から60年ちょっと前まで生きておられたということをまず覚えておいていただきたいですね。
それで、なぜ、エドガー・ケイシーという人に、我々が関心を持つかと言うと、この人が非常に不思議な能力を発揮したんですね。
その発揮に至るまでのケイシーの前半生をお話してみたいと思うんですが・・・
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| 和田: |
はい。 |
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| 光田: |
ケイシーの生まれた場所は、ケンタッキー州のポプキンスヴィルという町で、すごい田舎町なんですね。田舎町でエドガー・ケイシーは生まれるのですが、生来的に非常に霊的な感覚が鋭かったようです。
例えば、4歳の時におじいさんが落馬事故で亡くなるんですけど、そのおじいさんと亡くなってからもずっと交流をしていたんです。
例えば、タバコ畑の栽培の仕方とかね。いろんな事を死んだおじいさんから教わるんです。周囲の大人の人たちが、「そのやり方、誰に教わったんだ?」って聞いたら、ケイシーは事も無く「おじいさんに教わった」と言うわけですよ。 |
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| 和田: |
(笑) |
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| 光田: |
ケイシーにしてみれば、生まれた時から霊能に溢れていて、人間の体の周囲にオーラがいつも見えてたわけなので、誰でも見えるものだと思っていたようです。 |
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| 和田: |
当たり前だと・・・ |
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| 光田: |
そう思ってたんですね。
その後、小学校にかようようになった頃に他の人には見えないということを知って、かなりショックを受けたようです。取り合えず、小さいころからそういう霊能に溢れていたんです。
そのケイシーも9歳くらいから霊能力を一旦失うんですが、思春期の頃はどういうわけか、多くの霊能者が霊能を失うらしくて、私の知っている人では、江原啓之さんもやっぱり思春期に一度霊能力が無くなったとおっしゃってました。
霊が見えなくなったと。
ケイシーも同じ様に思春期の頃に、霊的なものを見る能力を失うんです。自分の能力が無くなる時期とちょうど重なるようにして、聖書にものすごい興味を持ち始めるんですよ。
聖書に没頭し始めて・・・それは何故かと言うと、9歳の頃に、エドガー・ケイシーの地元に福音伝道師がやって来て、その人が語るキリストの物語にものすごく魅せられたんですね。私もキリストのようになりたいと言って、両親に自分専用の聖書を買ってもらうんです。 |
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| 和田: |
ええ。 |
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| 光田: |
創世記から黙示録まで、暇さえあれば聖書に没頭して読んでました。聖書というのはものすごく読みづらい本ですから、それを9歳、10歳の少年が熱心に読んでたということ自体が非常に希有なことだと思うんです・・・
ケイシーはそういう具合で聖書を学ぶことによって、自分の霊能力の正しい用い方というものを自然に身に付けていったんではないかなと思うんですね。
また、ケイシーは、思春期を過ぎた頃から霊能力を回復するんですよ。
でもそれは、オーラが見えるくらいの霊能力のレベルであって、小さい頃持っていた様な能力は、もう無くなってたみたいですねえ・・・
そのエドガー・ケイシーは13歳の時、不思議な体験をするんです。ケイシーが聖書を読むときには、自分専用の小屋に行って読むんです。これは、誰にも邪魔をされないように、聖書を読むためだけの小さい小屋を自分で作って、そこに行って聖書を読んでたんです。それで、いつものように聖書を読み終わって家に帰ろうとした時です。戻ってくる途中で、知らない人に後ろから声をかけられて「エドガー、エドガー」ってね。振り向くとそこに光る存在がいたんです。それで光る存在はケイシーにこう言うんです。
「あなたの一番の望みを言ってご覧なさい」
そうするとケイシーは、聖書に出てくるイエス・キリスト憧れていましたから、「キリストの様に病める人々、悩める人々を救いたい」と言ったんです。そうすると光る存在は「あなたの願いは、聞き届けられるでしょう。その願いにいつまでも忠実でありなさい」と言って消えたんだそうですよ。
これはエドガー・ケイシーの最初の神秘体験ですね。エドガー・ケイシーは、その頃学校の成績はいまいちだったんです。どうも霊能者というのは学業に向かないのか、他の事に意識が移ってしまうのか、とにかく普通の人と集中の仕方が違うみたいなんですね。エドガー・ケイシーもそうで、その上、運の悪いことに、学校の先生がケイシーのおじさんだったんです。
学業の悪さが逐一お父さんに報告され、とうとうある日、お父さんも堪忍袋の緒を切らして「今日という今日は、きちんと国語ができるまで寝かせない!」と言って勉強を仕込むんです。でも全然覚えない。腹を立てたお父さんがケイシーを殴り倒すんです。
床に倒れたケイシーの耳元で、「教科書の上で寝てご覧なさい」と囁くあの光る存在の声が聞こえたんです。教科書を枕にして寝てごらんなさいって。それで、ケイシーはお父さんにお願いしてちょっと休ませてもらい、お父さんも部屋から出たところで教科書を枕にして寝たところ、目が覚めると、その教科書の内容が頭に入っていったんです。 |
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| 和田: |
へえ・・・ |
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| 光田: |
もちろん教科書を覚えていく自覚はないですけどね。
それから目が覚めて、お父さんが質問するとありとあらゆるところを覚えているわけですよ。ケイシーは、写真的に覚えてると言っていました。例えば「何ページには、何が書いてある」という具合にですね。そのページにはこういう挿絵がある、とかね。全部写真で見るように覚えていたそうです。それで面白いのは、エドガー・ケイシーが60歳の頃にある人が「あなたが小さい頃に覚えたという教科書は、今でも覚えているんですか?」って聞いたならば「覚えている」と! |
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| 和田: |
へえ!・・・(驚き) |
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| 光田: |
忘れていないって。「思い出せる」って言ったんですよ。 |
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| 和田: |
すごいですねえ・・・ |
| 光田: |
それからケイシーは教科書を枕にすれば全部覚えられたので、成績がどんどん上がっていって、将来は牧師になるか医者になって、病気の人、悩める人を救いたいと思い、進学したかったんですね。
ところが高校に入ってお父さんが商売に失敗するんです。そのため高校を中退しなければならなくなって、その後はあまり意に沿わないアルバイトをいろいろするんです。例えば農場の手伝い、靴屋の店員、金物屋の店員、本屋の店員、文房具の行商などをするんですが、どれも長続きしない。23歳の時には、婚約をしてたので文房具の行商と保険の外交員を掛け持ちでやってたんです。おそらく、その過労がたたったんだろうと言われているんですけども、23歳の3月に、声が出なくなる病気にかかったんです。
最初は、風邪をこじらせたというくらいの認識しかなかったようですが、何処の病院でも治らないし、最終的にケイシーは、病院の先生から「これは不治だ。あなたの声は絶対出ません」と言われて愕然とするわけです。
それで、仕事が出来なくなったので実家に引きこもっていると、お父さんの勧めで、写真館の見習いをやり始めたんですね。写真館であれば声が出なくても、現像だけすればいいということで、写真館に入って仕事をし始めたんです。
それから間もなくですか、ケイシーの地元にサーカスの一座がやって来たんです。
サーカスの一座の中に、催眠術が得意なハートさんという人がいまして、そのハートさんが地元の人から「エドガー・ケイシーが声を失った」という話を聞いて、じゃあ私の催眠療法を試して見ましょうと提案したんです。
ケイシーにすれば断る理由もなかったので試したところ、催眠状態に入ると声が出たんです。 |
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| 和田: |
へえ・・・なるほどねえ・・・ |
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| 光田: |
1年間、声が出なかったのに催眠状態に入ると声が出るんです。
ところが催眠から目が覚めると声が出ない。こういう時間を何回も繰り返すんです。
ハートさん自身はサーカスの団員ですから、サーカスが移動しちゃうと一緒に行かなきゃ行けないわけですよ。それで一旦はその実験も打ち切られるんですけども、ケイシーの地元に整骨療法と催眠療法を通信教育で学んでいたアル・レインと言う人がいて、私がその実験を引き継ぎましょうと現れた・・・ |
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| 和田: |
それでも1900年前半ですよね? |
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| 光田: |
これは1901年頃です。 |
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| 和田: |
その頃、通信教育でそんなのがあったんですね・・・ |
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| 光田: |
オステパシーや催眠療法の通信教育があったようです。 |
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| 和田: |
アメリカはすごいですね。(笑)そういう意味では・・・ |
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| 光田: |
それで、その人が実験を引き継ぐわけなんですけど、非常にラッキーだったのは、このアル・レインという催眠術師は、テクニックも一応知ってたけども、催眠術の歴史をよく勉強をしてたんですね。催眠の歴史を調べてみると、ある種の人々は催眠状態で非常に高い知性を発揮するという現象が報告されているんです。 |
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| 和田: |
ほお・・・ |
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| 光田: |
例えばフランスには、ビクターと言う羊飼いがいて、少年なんだけども催眠状態に導くと大学教授を越える知性が出ると催眠術の歴史に出てたんですよ。
それで、ひょっとすると、あなたにもそういう能力が有るかもしれない。寝るだけで教科書を覚える人ですからね。それをやってみましょうと言うことで、実験をしたんです。それが1901年3月31日、日曜日に行われたんです。
アル・レインの自宅で、エドガー・ケイシーを催眠状態にしました。通常の催眠療法では「はい、あなたは声が出ます」という暗示を与えるわけなんですけども、この時には「はい。あなたは、なぜ自分の声が出なくなったのか、その原因を述べます」と言う風に暗示を与えたんです。
ケイシーは15歳で働きに出ているわけですから、医学の知識など何も無いはずなんですが、そのケイシーが正確な医学用語を使って自分の病状を診断したわけです。横にいたアル・レインが「では、その治療法を述べなさい」と暗示を与えると、またスラスラと治療法を述べたんです。 |
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| 和田: |
へえ・・・ |
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| 光田: |
その治療法に従って、ケイシーに催眠暗示を与えると、その場で声が回復しました。
これが、エドガー・ケイシーが生涯で一番最初に行った、いわゆるリーディングと呼ばれるものです。エドガー・ケイシーが催眠状態で語ったことは、後に「リーディング」と呼ばれるようになりました。
ケイシーにしてみれば、自分の声さえ取り戻せればそれでよかったんです。
ところが横にいたアル・レインが「いや、あなたの能力は他の人の病気も診断できるはずだ」という風に考えて、ケイシーを説得するわけです。ケイシーはそんなことはできないと言うんだけどもアル・レイン自身が私を対象にやってくれと・・・
私も数年間、胃腸の調子が悪くて大変なんだと、私の病気の原因が何処にあるかあなたの霊能力でやってくれと言われて、断るわけにもいかず、1週間後に行うんですね。
ケイシーが催眠状態に入ったところで、レインが「はい。あなたの横にいるアルレインの肉体を診断します。この人は何故、胃腸の調子が悪いのか原因を述べなさい」と暗示を与えたんです。するとケイシーは、正確な医学用語で原因と治療法を述べたんですね・・・それでケイシーは目が覚めてびっくりするわけです。
なぜなら自分の発音できない単語がメモにいくつも書いてあったので「私がこれを言ったんですか?」と・・・
アル・レインは「あなたが言いました」と。ケイシーが「あなたはこれを実行するんですか?」と聞いたら、「やります」と。実際、ケイシーの述べた治療法を実行することで数週間後には胃腸の病気が快復するんです。
これに勇気付けられたアル・レインは、私とペアを組んでいろんな病気を治しましょうと言い始め、ケイシーは最初の頃は断るんですが、説得されてやることにしたんです。 |
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| 和田: |
へえ・・・ |
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| 光田: |
最初は、自分のやっていることが他の人にわからないようにしてくれと、お金も取らなくてね。
自分には他に仕事があるので、空いている時間にやるという形でやり始めたんですけどね。
とにかくアル・レインの治療院に行くと、さまざまな難病人も治るということで有名になっていくんですが、実はその後ろには、エドガー・ケイシーがいて、アドバイスを与えていることが後でわかるんですけどね。 |
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| 和田: |
それは、無料でやってたんですか? |
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| 光田: |
最初は無料でやっていましたね。 |
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| 和田: |
じゃあアル・レインっていう人もそれなりには、悪い人じゃなかったんですね。
好奇心っていうか・・・ |
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| 光田: |
そうです。新しいものをやってみたいという意欲があったみたいです。 |
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| 和田: |
何となく話の流れでは、アル・レインっていう人が、実は強欲で、何かエドガー・ケイシーを利用してお金儲けしようとしたようなイメージを思っちゃったんですが・・・笑。そういうんじゃなかったんですね。 |
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| 光田: |
ええ、そういうんじゃなかったですね。 |
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| 和田: |
素晴らしいですね・・・ |
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| 光田: |
少なくともアル・レインにはなかったですね。一部でそういう人もいましたけどね。
あのアル・レインと一緒にやっていた頃で一番有名なというか、ケイシーをすごく有名にした事例というのがあって・・・ |
| 光田: |
エドガー・ケイシーの地元にデートリックさんというご夫妻がいたんです。ご主人は地元の高校の校長先生だったんです。地元の人たちからは、プロフェッサー・デートリックと呼ばれて、地元の名士として非常に尊敬されていました。そのご両親の元に5歳になる女のお子さんがいたんです。エイミーと言うんですけど。
この5歳の女の子が2歳のときから知能の発育が止まってしまった。地元の名士ですからいろんな病院に行くし、アメリカの名医の所に行って診察をしてもらうんですが、治らないんです。しかも、ただ単に知能の発育が止まっているのではなく、テンカンのひきつけを起こして、それはもう苦しむわけですよ。
エドガー・ケイシーの所に来た時には、1日に20数回もひきつけを起こして倒れたというくらい激しい状態で、ドクター達は「もはやこの人は助けられません。もうじき死ぬでしょう」と言われていました。それで、病院から自宅に引き取って、後は死を看取る状況になっていたわけですけど、お父さんがエドガー・ケイシーの事を聞いて、頼んできたわけです。 |
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| 和田: |
ええ・・・ |
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| 光田: |
エドガー・ケイシーは、この時初めて、報酬をもらうんです。
交通費だけはもらって、デートリックさんの所に行きリーディングするわけです。アル・レインも一緒に行ってね。エドガー・ケイシーは目の前の少女を見て驚くわけです。自分の目の前でテンカンのひきつけを起こして、倒れて泡を吹いている様な女の子を自分が治せるのだろうかと・・・
アメリカの名だたる名医がさじを投げたというのに・・・でも、一旦催眠状態に入ると非常に威厳のある声でケイシーは言うんですね。ご存知の通りエドガー・ケイシーはリーディングで、言ったことは一言も覚えていないんですよ。
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| 和田: |
そうですねえ。 |
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| 光田: |
催眠状態に入り始めて、リーディングが始まるとケイシーはこう言ったんです。
「この女の子は、2歳の時に馬車から落ちて、その時に尾てい骨を強く打ってしまって、脱臼ができてしまった。運が悪いことに、少女はインフルエンザにかかっていたので、そのインフルエンザの菌が尾てい骨の脱臼に入ってしまい、そこに病巣を形成してしまった。これが脳に影響してる」と。
症状は脳に現れていたけれども、原因は尾てい骨にあったんですね。
ケイシーはまたこう言ったんです。
「しかしながら今、尾てい骨の脱臼を調整するならば、この少女は治る」と。こう言って、整骨のやり方を説明するんです。それでアル・レインが、尾骨を調整して整骨をするんだけども、すぐエドガー・ケイシーがチェックリーディングしたんです。整骨が適切になされたかどうかをチェックしたわけです。するとケイシーは、整骨が正しくなされていないと言い、こういうことを2、3回繰り返し、4回目にやっと、ケイシーが「よろしい、整骨が正しくなされた」と言ったんですね。それでエドガー・ケイシーは家に戻るわけです。整骨が正しくなされるとすぐに、女の子のひきつけが減ってくるんですね。
それで、2週間後くらいには、2歳の時に可愛がって大事にしていた人形の名前を呼び始め、それから数日後には、自分のお父さん、お母さんの名前を呼び始める。だから、2歳の時にさかのぼって意識が戻ったんですね。
それからは知能は順調に回復していって、9歳の時、小学校3年生の時には他の小学校3年生と同等のレベルまで知能が戻ったそうです。 |
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| 和田: |
はあ・・・すごいですねえ・・・ |
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| 光田: |
その後、その女性は、大学卒業して学校の先生になりました。とにかく、地元の名士ですから、そこに重病の女の子がいるっていうことは、地元の誰でも知っていたわけです。その重病人をエドガー・ケイシーが治したということもみんなが知るようになるわけです。それからはもう難病の人もどんどん来るわけですよ、ケイシーの元に。
エドガー・ケイシーはその後、そういう難病の人を自分がリーディングで治していることに耐えられなくなって、一旦リーディングを放棄するんです。止めてしまって、別の土地に引っ越しちゃうんです。そこで結婚をして、最初は本屋の店員をして、後には写真館を経営するようになるんですけどね。
その間、エドガー・ケイシーはリーディングのことはできるだけ秘密にしておきたかったんだけど、それでも引越しをした先で、リーディングをしないといけない状況に陥って、それでまたするようになるんです。
エドガー・ケイシーは、最初の22年間は病気の治療だけに自分の能力を奉仕的に使ってたんです。病気で困っている人がいるとなるとなれば、その人のために写真館の空いている時間を使ってリーディングを行っていました。そういう具合にケイシーは徐々に自分の能力が人の役に立つと実感してたわけなんです。 |
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| 和田: |
ええ。 |
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| 光田: |
それが、最初の22年間で46歳までです。24歳でリーディング能力が発現し、46歳まではそういう風に病人を治すことだけに能力が使われていたんですけども、46歳の時に、ある転機が訪れるんです。 |
| 光田: |
46歳の時にエドガー・ケイシーの能力のことを聞いた、アーサー・ラマースというビジネスマンが来るんですが、この人はビジネスでも成功していたけど、それと同時に神秘的なことに非常に興味もあったんです。より正確に言うならばブラバツキー夫人の神智学協会のメンバーだったんです。その人がエドガー・ケイシーのことを聞いて「あなたの能力は、病気の治療以外にも使えるはずです。例えば、哲学や宗教だとかそういう方向にも使えるんではなかろうか」と。そう考えて、実験を提案してきたんですよ。 |
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| 和田: |
その頃、ケイシーはそういう事に関心は無く? |
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| 光田: |
全然なかったですね。ケイシーは、自分がクリスチャンでありながらこんな不思議な事やってていいのだろうかということを心配するばっかりですよ。 |
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| 和田: |
だから、それを利用してお金とかそういう話も興味ないし、敬虔なクリスチャンの生き方をしてたんですか? |
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| 光田: |
そうです。強いてあげれば、何人かの人がエドガー・ケイシーの能力を誤用したことがありますよ。「今から病人のためにリーディングをします」とか言っておきながら、実際に聞いてるのは株価の変動だとか、競馬の勝ち馬とか聞いて、それでお金儲けをした人もいるんですよ。 |
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| 和田: |
その時に現れる人物に、ケイシー自身は素直に答えるんですか? |
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| 光田: |
答えるんですよ・・・!ケイシーは、暗示を与えるとその通りをやるんです。
それでね、そういう風に能力が誤用された時は、必ずひどい頭痛があったそうです。だからケイシーは、自分の能力を誤用されているなあとすぐわかりました。だから後には、自分の催眠を誘導するのは必ず奥さんか長男に限定することにしたんです。じゃないといろんな人がいんちきしますから・・・
46歳の時に、アーサー・ラマースが現れてケイシーの能力の別の使い道を提案したんです。最初は病気の診断をしているだけでも不思議なのに、他の能力なんて試したくなかったんですよ。 |
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| 和田: |
その眠ってしゃべって起き上がって、ものすごく体力を消耗するとかそういうのは無かったんですか? |
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| 光田: |
いくらか消耗するけど、基本的にはリフレッシュして目が覚めています。 |
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| 和田: |
そういう意味で、頼まれると断る理由がなければやるみたいな感じだったんですか。 |
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| 光田: |
ええ、そうです。記録によると、エドガー・ケイシーはいくらか空腹を覚えて目が覚めたそうです。だから、リーディングが終わった時には、グラスに半部のミルクとクッキーを置いておくのが習慣だったそうです。
やっぱりね、そういう霊能力を発揮すると、体力も消耗するみたいです。ただし通常は精神的には非常に充実感を覚えて目が覚めるんですよ。いんちきでない限り、誰かを助けたときには・・・ |
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| 和田: |
なるほどそうですか。 |
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| 光田: |
アーサー・ラマースが一生懸命説得するし、またケイシー自身、自分が能力を正しく使っているかどうか疑問もあったので、新しい分野を試して見ましょうということになった。そこで1923年10月に一連の実験を行うんです。
最初アーサー・ラマースが聞きたかったことは、哲学的なことだったんです。例えば、世界の様々な宗教の中で、どの宗教がもっとも普遍的な真理に近いですかとかね。一番最初に聞いたのは「私の生年月日を元に、占星術のホロスコープを述べ、運勢を診断してくれ」というものでした。
催眠状態のエドガー・ケイシーに、「あなたの横には、1800何年生まれのアーサー・ラマースがいます。この人のホロスコープを描いてその人の運勢を診断して下さい」と、こう言ったところ、ケイシーは、きっちりとホロスコープを描くんですよね。 |
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| 和田: |
目を閉じたまま? |
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| 光田: |
そう、そうです。 |
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| 和田: |
催眠状態ですものねえ・・・ |
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| 光田: |
催眠状態の中で、何処にどういう星があるか正確に述べ、それにしたがって運勢を診断したわけです。エドガー・ケイシーはもちろん星占いは全然知らないですよ。 |
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| 和田: |
知らないですよね・・・ |
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| 光田: |
にもかかわらず雑作もなく描けるわけです。そこまでで止めとけば良かったのかもしれないけど、ケイシーは一番最後に「He was once a monk」(=彼はかつて修道士だった)、と言ったんです。それで目が覚めてケイシーはびっくりするわけです。
何故ならアーサー・ラマースが「あなたは、私が前世で修道士だったと言いましたよ」と。それを聞かされてエドガー・ケイシーは、驚くわけです。
クリスチャンの世界では、生まれ変わりは御法度ですからね・・・
自分が催眠状態で異端の考え方を言ったということで、自分の口を通して語っているのは悪魔でなかろうかとすら思うわけです。 |
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| 和田: |
なるほど・・・ |
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| 光田: |
それでしばらく悩み、リーディングなんか止めてしまおかと思うんだけども、悩んだ末に、アーサー・ラマースからこう助言されるんです。「もしも生まれ変わるということについて疑問があるんだった、その疑問をあなた自身のリーディングに聞いたらいいじゃないか」と・・・
それもそうだなと思って、エドガー・ケイシーは生まれ変わりについて、さまざまな疑問が湧いてくるじゃないですか。それをリーディングで聞くわけです。そうしたところ非常に合理的にエドガー・ケイシーを納得させる説明をしてくれるわけです。特にエドガー・ケイシーにとって一番重要だったのは、クリスチャンの信仰と生まれ変わりの考え方が調和できるかどうかだったんですね。なぜキリストは生まれ変わりを言わなかったのか。何故バイブルの中に生まれ変わりがないのか。これを聞いたんです。
それに対して、眠れるエドガー・ケイシーはきちんと答えをました。そして最終的にはエドガー・ケイシーは、生まれ変わりを受け入れることによって、かえってクリスチャンの信仰が深まるということを体験し、それからは生まれ変わりを前提とするリーディングをするようになったんです。 |
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| 和田: |
生まれ変わりは、語れられなかった理由はどういうところだったんですか? |
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| 光田: |
ケイシーによるとそれは削除されたんですね。しかしながら、削除は十分ではなくて、その気になって聖書を読めばいろんなところに生まれ変わりのことが載ってるし、その指摘された箇所を読むと、なるほどそうだなと思うわけですよ。 |
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| 和田: |
よくニケーアの公会議とかで、教会が支配しやすいように改変されたとか聞きますが・・・ |
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| 光田: |
一つには・・・そうですね。 |
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| 和田: |
全く情報のない眠れる人が語るっていうこと事態、想像力と考えても、不可能ですよねえ・・・治療が全て効果を発揮してるっていうようなことはすごいです。
その頃日本には伝わってたんですか?エドガー・ケイシーの噂とか・・・ |
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| 光田: |
まだ伝わっていなかったですね。 |
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| 和田: |
それはアメリカの中でもそんなに多く知っている人はいなく・・・ |
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| 光田: |
ええ、そうです。 |
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| 和田: |
やはりその地域、エリアだけだったんですか? |
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| 光田: |
そうですね。新聞にでて、いくらかは、有名になりましたけどね。 |
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| 和田: |
やはりバッシングとか、偽もんじゃないかとか、奇術師だとかいろんなそういうのも同時に・・・ |
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| 光田: |
当然、ありました。例えば、ある雑誌なんかは、エドガー・ケイシーの後ろには悪魔が付いていて彼をそそのかしているみたいな諷刺マンガを描いてみたり、あるいは、これはケイシーの晩年ですけど、自宅の周囲に聖水をまかれたりね。 |
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| 和田: |
その話は聞いたことがあります。やっぱり、田舎ですから保守的な人も多いと思うので、そういう所にまたケイシーが現れたというのも、すごい意味があったことなのかなあと思いますけどね。 |
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| 光田: |
その後、ありとあらゆる質問がエドガー・ケイシーに向けられるようになって・・・
やってみればどんな質問でも、実際に答えられるということがわかってきたんです。
とにかく人間に理解可能な範囲であれば、あらゆる質問に答えることができました。
46歳からは、エドガー・ケイシーの言葉は、一語一句正確に速記されたんです。 |
| 光田: |
予言は、ケイシーの業績でいえば、ほんの一部です。
ところがそっちの方が、すごくみんな大きく扱うから預言者とか言われてしまいますけどね。そこで、何で我々がエドガー・ケイシーのことを一生懸命勉強して普及しようとしているかというと、彼の残した情報というのは、今でもすごく役立つからなんです。例えば現代医学でも治せない様な病気についても情報を残していることが結構あるんですよ。
そこで勧められている治療法をやってみると良い成果が得られたりするんです。だから、ケイシーが亡くなったからといって、情報が古臭くなったわけではなくて、今も我々にとって貴重な情報源なんです。
病気や美容健康法など実行すると、その成果が今でも我々の人生に役立つんです。
僕がよくセミナーで言って皆さんに喜ばれるのは、髪の毛の話。
僕が30歳の時にものすごく抜けたんです・・・ |
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| 和田: |
そうなんですか・・・ |
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| 光田: |
もう、それこそブラシで髪の毛をすくと、どんどんブラシにいっちゃうし、お風呂で洗髪すると排水溝に黒々と髪の毛が流れていっちゃうし、周囲の人たちからは「お前は35歳までにハゲるよ」と言われてね。うちの母も心配していろんな育毛剤を送ってくるんだけどみるみるうちに少なくなってきて。これはまずいなと思いまして、どうしたかというと、当時はまだエドガー・ケイシーのリーディングはCD-ROMになっていなかったので、直接アメリカのエドガー・ケイシー財団に手紙を書いて「ぜひ、ケイシーの残したリーディングの中で育毛法について、そういう記述があればそれを送って欲しい!」って。 |
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| 和田: |
アメリカのエドガー・ケイシーセンターですよね。 |
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| 光田: |
ええ、ARE(米国バージニア州バージニアビーチに本部を置く)ですね。そうしたら、2週間ぐらい経って資料が届き、それを読むと3つの方法があったんです。それで、私は3つの中で一番即効性がありそうなやつをやったの。これは原油療法と言って、今私がいろんな所で広めているやつですけどね。(笑)これをやったら、2回ぐらいで抜け毛がピタっと止まったんです。 |
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| 和田: |
そうなんですか。 |
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| 光田: |
それから後はどんどん伸びてくるの。 |
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| 和田: |
へえ・・・すごいですね。 |
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| 光田: |
今まで枯れかけていた毛根が、活性化してきてブワーと増えてきて・・・ |
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| 和田: |
へえ・・・今、全然ふさふさですもんね。 |
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| 光田: |
もう僕自身は原油療法をやっていないけれども、もっとやれば、もちろんごつくなると思います。特に今はもう気にしていないからいいんですけどね。(笑) |
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| 和田: |
僕もちょっとそろそろ危ないかなと思って・・・試してみたいところですね。(笑) |
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| 光田: |
後で効果のほどを写真でお見せしますが、ただし、ちょっとした副作用があるんです。 |
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| 和田: |
そうなんですか!? |
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| 光田: |
どういう副作用かと言うと、あらゆる毛根を刺激するんです。 |
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| 和田: |
と言うことは、他のいろんなところが・・・ |
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| 光田: |
僕の当時は、あごひげが無かったんです。それがどんどん油が垂れてきて刺激したんでしょうね・・・後からブワーと生えてきて・・・。
今はテクニックも向上し、必要な箇所にだけ少量付けて、他には一切影響が出ないようにできるようになりましたけどね。 |
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| 和田: |
それはすごいですね。
他の病気にしても、ちょっとした病気でも家庭で簡単に実践できることが・・・ |
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| 光田: |
そうです。出来ますとも・・・
じゃあ何でみんながケイシーの療法をやらないかと言うと、ドクターがまずやってくれないんです。 |
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| 和田: |
ああ、なるほどね・・・ |
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| 光田: |
そういう催眠状態ででてきた情報なんていかがわしいと思っているんです。正当な医学じゃないし・・・。
例えば生まれ変わりの情報なんかどうで思いますか?「自分が何でこの地球に生まれてきたのか?」ということをそのリーディングで教えてくれるんです。それで人間が単なる肉体的存在ではなくて、永遠不滅の高貴な魂なんだということをエドガー・ケイシーはリーディングで教えてくれたんですね。それも、理屈で教えてくれるんではなくて、各人生に密着した、これでもかというくらい濃い情報をくれるわけ、そうすると我々に信憑性を持って響くわけですよ。
それで僕は、エドガー・ケイシーのリーディングを知った時に、この人の言っていることは間違いないなと思って、生まれ変わりを信じるようになったんです。それまでの僕は唯物論者ですから・・・ |
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| 和田: |
物理学をされていたんですか? |
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| 光田: |
工学です。 |
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| 和田: |
なるほど・・・エドガー・ケイシーの周囲は、ほとんどカトリックなりプロテスタントなんですか? |
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| 光田: |
ええ、プロテスタントね。 |
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| 和田: |
そういう中で語られていることは、生まれ変わりだとか、聖書に書いていないことばかりですよね。その中でケイシーに対して、宗教的に特別な存在として見る人とか、そういう人たちもやっぱり出てきたんですか? |
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| 光田: |
ケイシーを中心に宗教的なことを始めたいと思った人はいたかも知れませんが、ケイシー自身のリーディングがそれをさせなかったですね。 |
| 和田: |
光田さん自身がエドガー・ケイシーと出会われたきっかけって何だったんですか? |
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| 光田: |
僕はいま48歳です。昭和33年広島で生まれたんですが、僕が何故ケイシーにぞっこんになってしまったかというと、家庭環境も一つはあると思うんです。うちの父親がガチンガチンの唯物論者だったんです。唯物論になるだけの理由があると思うんですが、14歳の時に国の政策に従って満州に行くんです。満州開拓義勇団に入って、そこで開墾とかをしたらしいんですけども終戦と同時に3年間ソビエトに抑留されて・・・ |
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| 和田: |
シベリアで? |
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| 光田: |
シベリアで、強制労働というやつです。 |
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| 和田: |
大変ですね・・・ |
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| 光田: |
自分の仲間の半分くらいは死んでいるわけですから、そんな状況で仕事をさせられて日本に戻ってきたんです。ソビエトにいる間に徹底した思想教育を受け、マルクスの教えに従って宗教はアヘンだとか言うし、また人間は肉体だけの存在で、神とか霊などいないんだと。人間は死んだらそれっきりという人生観に従って人生を生きなきゃいけない。そういう風に教えられて帰ってきたわけです。だから息子の私にもそれを強要するわけですし、そう教えるんですよ・・・その頃の心霊番組をテレビで見ようものならすごく怒られましたね。
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| 和田: |
へえ・・・ |
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| 光田: |
例えば「霊がいるんだったら、この机に出してみろ!」とか「神様がいるんだったらここに出してみろ!」とか言って口論になるんです。それで父親からは、人間は肉体だけの存在で魂などは存在しないと教わって、段々私もそういう風な考え方に傾いていったんです。
私が高校の頃、うちの父親がものすごく好きだった言葉は「人間死んだらチリになる」でしたが、これが後に「人間死んだらゴミになる」にバージョンアップしましたね。そういう父の元で自分の生き方を探ると、自分の生きる意味とか人生の目的が見えなくなるんですよ。 |
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| 和田: |
そうでしょうね・・・。 |
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| 光田: |
何故なら、人間死んだらそれっきりなんですから。
それっきりだったなら、今、どう生きようと関係ないじゃないかってなっちゃうんですね。
まじめに学校なんかに行って勉強する意味もないし、好き勝手に生きて、後は、のたれ死んでもいいじゃないかという風になると思うんです。それでも僕は、それっきりという人生観の中でなんとか自分の生きる目標だとか、生きる価値を見つけようと、すごく苦労したんです。
それで、その類の疑問を持ったら、まず哲学にいくと思うんです。デカルト、カント、ションペーンハウエルとか、いろんな哲学を一生懸命読みました。でもどれを読んでも自分の心を慰めてくれるというか、満足させてくれるものに出会わないんですよ・・・
高校時代の一番最後に読んだのは、バートランド・ラッセルだったんですね。ラッセルはこういう風に言うんです。「人間というのは、原子、分子が偶然に組み合わさってできた有機体に過ぎない。どれほど偉そうな事を考えても、どれほど素晴らしい芸術を残そうとも、頭の中の有機的な化学反応であって、それ以上のものではないし、万が一人間が何らかの意味があったとしても、地球というものも、太陽系が消滅してしまえばもう無いんだ。だから人間ていうのは、元々存在価値が無いんだという絶望をよく知ったうえで、生きるしかないんだ」と言う事を言うわけですよ。
僕もラッセルの言うことは最もだなと思って、人間はやっぱり生きる価値は無いよねと思って、だったら死んだ方がいいかなと自殺を考えたんです。そこで、高校の時に僕は遺書を2回ほど清書するんです。 |
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| 和田: |
へえ・・・ |
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| 光田: |
清書は2回だけれども、没にした遺書は何百通もあるんです。(笑)
いまにも発作的に死ぬような気がして、そんなときに慌てずに済むように、きちんと遺書を書いて置こうと思って、2回程、遺書を清書しましたね。そのうちの1通を天井の裏に隠し、もう1通を当時勉強していた電気スタンドを分解して、その中に仕込んでいたんです。将来自分が万が一発作的に自殺をした時に10年ぐらい経った後にそれが見つかってお父さん、お母さんの目に触れればいいなあというつもりで、作っておいたんですけど・・・
それくらい生きるのが嫌で、目が覚める度に落胆するんですよ。
何で寝てる最中に死ななかったんだろうって。それで、生きてることにがっかりして学校に行くんです。 |
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| 和田: |
へえ・・・変わった少年ですね・・・ |
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| 光田: |
(笑)それで、大学に行くときも、もし行くんだったら哲学科しか行く所ないやと思ったんだけども、お父さんは唯物論者ですから哲学なんかふざけるなと・・・ |
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| 和田: |
その頃に聖書とか、そういったものは読まなかったんですか? |
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| 光田: |
聖書は読まなくて、哲学ばかりでしたね。 |
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| 和田: |
その宗教的なところは排除して・・・ |
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| 光田: |
排除ですよ。父親から唯物論を叩き込まれていましたから。 |
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| 和田: |
そうですね。その時には、思想教育をされちゃってたんですね。 |
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| 光田: |
そうです。唯物的な世界観の中でどう生きるか・・・。 |
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| 和田: |
なるほど・・・ |
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| 光田: |
父親も「哲学に行くんだったら学費もださんし、勝手にしろ」と言うし、そこで、父親の勧めで工学部に行くんですが・・・でも、ほとんど授業にでず下宿で哲学書を読んでいまいした。
それから大学時代に、宗教的な神秘体験にも意味があるのかなと思って、そういう神秘的なことを言ってくれる宗教をいくつか巡りましたね。それでもやっぱりブッタの話、キリストの話にしろもう古すぎて信じられないんです。目の前に奇跡を起こしてくれる人は誰もいないし、もう本当に20歳の頃は、よろよろだったんですよ。 |
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| 和田: |
へえ・・・ |
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| 光田: |
それはもう青白い顔をして、いつも京都の三条にあった駸々堂という本屋の宗教コーナーに行って宗教書を買うんです。ある時、その宗教コーナーにエドガー・ケイシーの「転生の秘密」という本があったんです。それまで僕はエドガー・ケイシーという哲学者は聞いた事がないなあと思いながらも、読み始めたら「これは!」という感じがしたんです。わずか数十年前の人が、何かどえらいことをしているかもしれないという思いで、急いで買って帰って読み始めたんです。
そして、読み始めたらものすごく驚き!それこそ読んでる最中に叫んでるんです。「すげー!」「まさかー!」「こんなアホなー」と言いながら・・・(笑) |
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| 和田: |
(笑)それまで宗教書とかスピリチュアリティーに関する本は、当然読んだんですよね? |
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| 光田: |
もちろん仏教書や聖書の解説とか読んでましたよ。
全然ピンとこなかったです。だから信じられなかったですね。それで、読み終えたのが朝方なんです。一気に読みました。読み終えた後、雄叫びをあげましたね。
人間として存在している素晴らしさを、これほどまでに教えてくれる人がここにいたのかとと思って、自分がこうして生きていることが何て素晴らしいことなんだって喜んで・・・ |
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| 和田: |
生き返ったみたいに(笑)血が巡って・・・ |
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| 光田: |
そうそう。それで、朝方、雄叫びをあげてしばらくしたら、だんだんものすごく腹が立ってきたんです。何で腹が立ってきたかと言うと、高校の倫社の先生は、何でデカルト、カント、ションペーンハウエルを言う前に、エドガー・ケイシーの「エ」の字でも教えなかったか、あやうく自殺する所だったじゃないかっと思って・・・ |
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二人(笑) |
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| 光田: |
あの時、エドガー・ケイシーにちょっとでも触れてたら、僕の生き方もうんと楽だったし、この5年間の絶望の日々を返して欲しいね。(笑)
そこで僕が決心したのは、学校の先生がエドガー・ケイシーのことを教えてくれないんだったら、私が全国津々浦々無巡って、エドガー・ケイシーのことを伝えようと思ったんです。その決意が未だに私を突き動かすんですよ・・・ |
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| 和田: |
へえ・・・大学はもう辞められて・・・ |
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| 光田: |
それが一応、大学は卒業したんです。その時には、たま出版に就職するつもりだったんです。それで卒業の年に、たま出版に電話をして「私をぜひ営業部に入れて欲しい」と言ったんです。私は、全国津々浦々この本を売って歩きたいんだと、行商してでもいいから私は売って歩きたいと言ったら、「そんな人は、いりません」と言われて、僕はガーンとしましたね。こんなに熱意を持っているのに就職させてくれないと思って。それで、どうしたかというと、大学院に行くことにしたんです。
それで大学院を受けることにしたんですが、ほとんど勉強をしていなかったので成績は最下位でしたね。それでも2ヶ月ほど一生懸命勉強したら奇跡的に合格して、まあいろんな奇跡があったんですが、2年間大学院で勉強をして、大学院を修了してからもう一度、たま出版に就職したいと思ったんだけども、また断られると思ったので、しばらくは、自分の専門に沿った仕事をしようと思って、茨城県の東海村にあった研究所に入るんです。それで、4年間研究員として仕事をするんですが、研究そのものは楽しかったですよ。それでも心の中でケイシーをもっと勉強したい、ケイシーを広めることに自分の人生を費やしたいという気持ちが抑えられなくなって、28歳で研究所を辞めて、退職金を100万くらいいただいたので、これで2年間はケイシーの研究に専念しようと思ったんです。 |
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| 和田: |
素晴らしいですね。そんな人世界で多分いるかいないかですね・・・ |
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| 光田: |
素晴らしいかどうかわからないですけど、やむにやまれずに・・・ |
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| 和田: |
でも、AREのセンターの人たちもその様な情熱を持った人たちも多いと思うんですけど、日本で光田さんを超える人はいないですね。 |
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二人爆笑 |
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| 光田: |
そんな風になってしまったんですよ。 |
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| 和田: |
なるほど・・・なんだかすごく情熱が伝わってきますね。 |
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| 光田: |
だって僕自身が、生きる希望をケイシーによって回復してもらいましたからね。
僕は戌年生まれなので、忠犬ハチ公ですから、ケイシーによって命を救われたなら、ケイシーに命を捧げるしかないんです。(笑) |
| 和田: |
光田さんがケイシーから学んだことで、一番これだっていうのはどういうところなんですか? |
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| 光田: |
3つほどあります。
1つは、「人間が永遠不滅の高貴な存在である」ということをまず教えてくれたこと。それまで僕は人間が死んだらそれっきりだとずっと教えられてきたし、そう思っていましたから、それまで絶望の人生だったけど、ケイシーが「そうじゃないよ、人間は肉体の死を超えて永遠に存在する。しかも高貴な霊的存在なんだ」ということを教えてくれたんです。
2つ目は、「我々は無目的に存在するのではなくて、非常に高い摂理の元に生かされている」ということです。そうすると、自分の人生をその摂理にゆだねる勇気が湧いてくるんです。これが例えば、我々が確かに永遠不滅だけれども、我々が支えてる法則が特に無いよと言われると生きる手がかりがないけれども、宇宙には我々の成長を助けようとする意思があるよ、法則があるんだからそれに、あなたの人生をゆだねてみればあなたはその法則にしたがってきちんと成果を得るよ、と言われるんです。
そして3つ目は、「我々は生まれ変わりを通して、いずれ高い世界に進んでいくんだよ」いつまでも地球にずっといるんじゃなくて、霊的に進めばもっともっと生きることの神秘というか、そうしったものが知らされて来るんですよと言われると、何か存在する楽しみというか喜びというか希望がいつまでもあるような気がするんです。最終的に我々は、宇宙の創造原理と1つになりうるんだという風に言われるんです。
この3つをケイシーに教えられたと思っているんですけどね。
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| 和田: |
それは、意識の成長とか魂の成長ということで、最終的には、宇宙の中心的な何かエネルギーというかそういったもののレベルまで・・・ |
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| 光田: |
一体になりうるということをね。
エドガー・ケイシーの言い方は、非常に美しくて哲学的に考えてもこれ以外の答え方をするときっと破綻するだろうなと思うんですが、ケイシーはきちっと破綻しない言い方をしているんですね。
それは、我々の最終的な存在形態は「Be yourself, Yet One with all」といったんです。これはどういう意味かというと、「あなたは、あなたでありながら、しかし、全体と1つである」という意味です。そういう状態が最終形態ですよと言われたんです。私が全体になるわけじゃなくて、私も全体の1つになりうるということを、ケイシーは、哲学的に全く破綻しない仕方で答えました。 |
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| 和田: |
ケイシーは何でこの時代に現れたんだと思いますか? |
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| 光田: |
実は、ケイシー自身も結構、晩年になるまで自覚がなかったんです。
しかし、ある時、夢で自分の使命を知らされるんです。それは、この20世紀になって、特に唯物的な世界観が非常に強くなったんですね。そこで、人々が人間本来の霊性を忘れ始めたので、その本来の霊性を目覚めさせるために、ある種その役目を担わされたんです。でもケイシー自身は、その役割を非常に躊躇しながら引き受けたんです。
ケイシーは、彼を通して人間の本性が肉体ではなくて、永遠不滅の魂なんだと、そして宇宙には我々を育成しようとされる神、創造原理があるんだと言うことを人々に教えるためにやって来たんです。 |
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| 和田: |
そのエドガー・ケイシーを通してしゃべる存在は、やっぱりケイシー自身なんでしょうか? |
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| 光田: |
これは良く聞かれる疑問です。と言うのは、ケイシーは催眠中に、複数形の「We」を使うんです。「We have the body」とか「We have the record」とか。何で「我々は」という言い方をしたんだろうかと。あたかもエドガー・ケイシーの背後に沢山の霊が寄って来て、ケイシーをマイクみたいに使ってしゃべったのではなかろうかと思ったり、でもこれは、エドガー・ケイシー自身の超意識、エドガー・ケイシーの口を通して語ってるという風に考えるのが順当なんです。
一個一個の人間が複数の生まれ変わりをしてるわけです。その一個一個の複数の生まれ変わりの体験は、それ自体がある種の記憶と意識を持ってるんです。そうすると、例えば僕の場合には、ある時の前世が僕自身を助ける守護霊となりうるんです。
自分の単なる記憶ではなくて、意識をいまだに持っていますから、それが寄り集まって1つの私を作っているわけですけども、超意識に入るとそれらが同時に来ますから「We」になるんですよ。 |
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| 和田: |
それで、理解できました。光田さんの本「賢者達のメッセージ」で、美輪さんがなぜ天草四郎がお前だと言うことを言う話になるのかわからなかったんです。 |
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| 光田: |
はいはい。 |
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| 和田: |
美輪さんが、前世が天草四郎だとして、何でイタコを通して、そこに天草四郎が現れるのかわかんなかったんですよ。そういうことですね・・・ |
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| 光田: |
だから「We」なんですよ。もちろん、他の人と深いレベルで交流して、そういう他者が情報を与えるというケースもあります。場合によっては、ケイシー自身が自分の人格を全部、一時期保留して、他の人が直接話をするというケースもありますよ。そんなに数多くないですけど、十数件ぐらいはありますね、でも大半はケイシー自身の超意識が情報を管理して「We」を使う。僕らだって時々「我々は」って言うじゃないですか、よほど自信がある時にはね。 |
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| 和田: |
なるほど、すごく面白いですね・・・ |
| 和田: |
ケイシーを伝える活動をされてて、光田さん自身が霊的な体験をしたとかもしくは、ケイシーの声が聞こえるようなことがあったりとか、そういうことってあるんですか? |
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| 光田: |
残念ながら、僕にはそういう意味での霊能はないんですよ。 |
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| 和田: |
やはりそれは、人間の個性として、たまたま持って生まれてているんですね。 |
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| 光田: |
今持たされているものが一番ベストですよ。 |
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| 和田: |
ああ、なるほど・・・ |
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| 光田: |
僕に霊能があったならば、リーディングの翻訳はしていないですよ。 |
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| 和田: |
そうですね。 |
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| 光田: |
僕は、今の自分に与えられた能力でちょうどいいんですよ。皆さんそうですよね。
ケイシーの言葉で言うと「あなた方は、宇宙が最大限の配慮を込めて今の状態にしているんだから、受け入れなければいけない」それを受け入れたならば、そこから大胆に出られます。 |
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| 和田: |
努力するって言うことは、必要ないって言うわけじゃないんですけども・・・ |
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| 光田: |
いえいえ、勿論必要ですよ。 |
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| 和田: |
その努力の扱い方ってどうなんでしょうね・・・ |
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| 光田: |
努力のしどころですよね。それは重要ですよ。 |
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| 和田: |
うん、努力はする? |
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| 光田: |
勿論します。でも、努力をする前に、今の自分を受け入れることがすごく重要です。
今の自分の状況をしっかり受け入れて、これは今の自分に一番必要だな、相応しいベストな環境なんだと、宇宙は最大限の配慮を込めて、私をここに置いてくださったんだということを受け入れ、そこから努力をするんです。 |
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| 和田: |
なるほど、その能力、今の自分っていうものを最大限にありがたく活かせるように、どのように活かせるだろうかといった風に考えた時に、無駄なことはしないし、多分インスピレーションと言うか、自分は本来これをするべきなんだとイメージできるでしょうね。 |
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| 光田: |
そうです。それについて、エドガー・ケイシーは、すごく重要な概念を我々に教えてくれたんですが、それをケイシーの言葉で言うと「人は、非常に高い志を持って、それぞれ生まれ変わるんです。無目的に生まれるわけではなく、あるいは、よこしまなカルマを解消するためだけに生まれ変わるのでもない」ということです。ところが多くの人はその志を忘れてしまい、いろんな肉体上の事に心が奪われてしまって。もしも、我々の魂がやろうとして来た事を思い出して、そこに人生を傾注すると、魂は非常に活気づくんですね。
例えば、ケイシーの場合には、「病める人々を救いたい、困っている人々を救いたい」という理想を明確にして、そうすることによってエドガー・ケイシーの前世も含めてこれまで培ってきた様々な能力が結集するんです。だから、僕の場合もエドガー・ケイシーを世の中に広めたいという風に決めた時からその能力が出るようになったんです。エドガー・ケイシーはその志の事を「霊的理想」と言うんです。別のリーディングで「あなた方は、その人生でいかなる霊的理想を掲げたか、またその理想に対してどの様な事をしてきたかということを神様に釈明しなければいけない」というリーディングもあるんです。とにかく我々にとって、生きるべき人生を生きるためには、自分が何のために生まれて来たのかという事を明らかにする。あるいは自覚する必要があります。それが霊的理想なんですね。
それで、一旦霊的理想が見えたならば、その霊的理想の実現を目指して人生を傾注するわけです。集中して注ぐんです。そうすると、生きるべき人生を生きているという充実感と平安と喜びと希望を感じながら生きることが可能になってくるんです。
それで、よく質問されるのは、どうやって霊的理想を見つけたらいいんですか?と・・・
まずやるべき事は、自分はこれまでどういう願望を持ってきたかをリストアップするんです。そのうち、神様の前に出せるものと、自分のエゴを満足させるものを篩い分けるんです。もしも、これは自分のエゴを満足させるための願望だなというものがあったとしたならば、その見方を変えて、他の人々に役立てられる、あるいは神様の前に出して恥ずかしくない志に変えられるかどうかをやってみる。もしもそれができなければ、単なる肉の満足の願望ですから、それは、破棄! |
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| 和田: |
ええ・・・ |
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| 光田: |
最終的に、神様の前に出せる志が残るんです。
そのリストを作り、次には自分の才能と能力のリストを作るんです。同じ様に、そのリストを見て、これはエゴの満足のための才能か、それとも誰かのために役立て得る才能かを振り分ける。次に、この二つのリストを融合させ「私は、この願望をこの才能で活かしたい」といえるものを見出すんです。そして見出した志しを4週間実際に試してみるんです。これを実行するための相応しい環境を見つけて、とにかく自分の理想を試すんです。もしも霊的理想に叶っていたならば、我々は内的な充実感を感じるんです。
4週間もやって疲労感ばっかりで、内的な充実がないとなれば、それは霊的理想から少し外れているかもしれないので、また作り直してみるんですよね。
それをやっているうちに、段々と自分の生きるべき人生が何処にあるかという感覚が研ぎ澄まされてくるんです。そうすると、いよいよここだという霊的理想が見えてくるんです。見えてきて「これぞ!」というものが見えて来た時には、もうバッチリですから・・・
必ず「これしかない」というものがあります。
もちろん、ちょっとずつ幅がありますけど・・・ |
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| 和田: |
ほとんどの多くの人は、こういう時代なので、物質的な豊かさを追い求めて、それとも生活の為やローンを返すために働いている人がほとんどで、あまりゆとりも無いと思うんですよね。そういう出会いがある人は、多分ケイシーに触れる機会があったりとかそういう運命だと思うんですけど・・・中々気づかない人もいますが、それはその中で、自分の課題として生まれてきたもんなんですかね?それは霊的段階の個性というかそういうことになるんでしょうか? |
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| 光田: |
そういうこともあるかも知れませんが、伝える側としては、出来るだけ多くの人に伝えようとする努力は必要ですよね。 |
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| 和田: |
できるだけ多くの人が、霊的目覚めっていうのを体験してもらいたいなという思いですか。なるほど、そういう意味での努力ですね。 |
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| 光田: |
それと、僕は人生が有意義になると思うし、本質的な喜びとね、希望に溢れた人生になると思うので。いくらお金があっても内的な生活が調和していなければ大変ですよ。
僕の近所にもいますけど、すごくお金持ちなんだけど、夫婦喧嘩や親子喧嘩の絶えない家族がおられます。あんな大きな家に住んでて思うんだけど、夫婦喧嘩や親子喧嘩が激しいから、すごく不幸せな人生だと思うんです・・・。 |
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| 和田: |
そうですか・・・ |
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| 光田: |
「ガッシャン」と物が激しく壊れる音がしたり、逆に、怒鳴り声や罵声の後で「シーン」と静まったら怖いじゃないですか。(笑) |
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| 和田: |
光田さんは、普通の人間が持っている感情、怒りとか、今でも持っていたりするんですか?ケイシーのいろんな教えとかを学び、実践されているうちにいろんな気づきとか、そういう面で気にならなくなったりするじゃないですか・・・ |
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| 光田: |
気にならなくなりますよね。ケイシーの美しい言葉で、僕も好きな言葉なんですが「もしもあなたが、神の側にいるんであれば、一体誰があなたに敵しえようかと」・・・ |
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| 和田: |
なるほど、そこまで行くんでね。 |
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| 光田: |
そうです。信仰者は、最後はここに来るんです。 |