大切なのは、多次元意識を思い出すこと
ひとり一人に、スピリチュアル的な「自律」が必要な時代
「自分は宇宙だったんだ」ということを思い出してほしい
マスターたちは、みんな穏やかで、調和的であるとは限らない
多次元的な意識にアクセスできれば、
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ケヴィン: | 先ほど、アートマンとブラフマンの話があったんですけど |
|---|---|
| 和田: | はい。 |
| ケヴィン: | 個としての自分のエゴ、または個人の意識というものがありますが、アートマンがブラフマンであると気がつくために、いわゆるエゴを打ち崩すとか、打ちのめすことは逆効果なんですね。なぜかというと、そういう事をされるとエゴというのは余計現実を意識し始めますので。ではどういう風にしないといけないかというと、私達は自分はこうだとか、自分のパーソナリティだとかを、維持するために一生懸命個という部分にエネルギーをパックして、そのエゴ構造を保持するために労力を使っているんですが、その努力を辞める事ですね。そうすることによって自分を個とたらしめているエネルギーを撤退させていく、 抜いていくというお話をしました。そうすることによって、これは虚構だったんだとアートマンが気づく。純粋な意識に気づくには、そういうやり方でやるべきだと思います。。 |
| 和田: | それは、見つめる事ですか?何とかしようとするのではなくて、エゴを見つめ味わう。 |
| ケヴィン: | それは、大きなトピックですね。
そのためにいろいろな方法があります。仏教的な言い方をすると「エゴを殺す必要はない」。エゴとは、そもそも強硬なのだから殺す必要はないという。 エゴに抵抗するとかえって増大させてしまう。なので、エゴという構造を保たさせているエネルギー自体を撤退させていく方法という事になるんですが、例えばシャーマンとかヘミシンク、モンロー研究所の実践者たちに言えることは、シャーマンだったらアッパーワールド、ローワーワールドに行きますよね。これは次元間の旅です。またはヘミシンクで多次元を旅します。そうやって何回も何回も多次元的な旅をしていると、自分のこの次元でのパーソナリティというものがすべてではないことに気がつくんです。この次元だけの自分が本当の自分ではなくて、実は、自分は更に大きな多次元的な存在だったんだ、そのすべてが本来の自分なんだということに気がつく。そうすると個の限られた、この次元だけのパーソナリティというものに執着する必要がなくなってくるんです。それがエゴを撤退させていくことに繋がっていくと思います。 窓から見る景色の中のおびただしい数の人たちというのは、何を恐れているかというと、この猿の肉体をですね、このモンキーボディを失うことを恐れているんです。その怖れが人生をものすごい勢いで蹂躙(じゅうりん=踏みにじる)しているんですね。それが人生をコントロールしているんです。ですから、普通と言いますか平均的な人たちが、多次元的な意識にアクセスできる手法を学べば、自分の物質次元の身体を失うことが怖いという、そこに執着する必要がどんどん、どんどん小さくなっていくんです。そうすると世の中というのは、もっともっと楽しい場所になってくるんです。それはもう楽しい冒険の世界ですね。そもそもなぜ世界や宇宙がこういう状態で起こっているか、なぜ星があって惑星があって、なぜ地球があって動物がいて私たちが生きているんだろうと、そこに来るんですが、神がもし、まだ姿を現していない純粋な意識なのだとしたら、どうして私たちはこんなに問題に囲まれてあくせくしていかなければいけないんでしょうか?なぜこの統一性、一体がそもそも分離というものをはじめて、分離したあげくに、自分たちが一つだったということを忘れなければいけなかったのでしょう?これは、究極の質問ですけれども・・・笑 これは、答えを見つけることをあきらめるべきではないんです。 一つの見方ですけれども、これは「忘却」して、「思い出す」という、ものすごく壮大な冒険なんですね。忘れてしまう、そして、本当に忘却してしまったことをまた思い出す、その冒険。 まず、一つの見方ですが、ユニティ=ひとつなるものがあって、神のレベルがあって、そして、アーキタイプ=原型があって、エンジェルの領域がありますね。そして、スピリッツがあって、物質の領域があって、そういう風に分離があり、この次元に至ってはものすごい分離があります。私たちはこの現実で、ものすごい分離を体験しています。それで、この世でいろいろ大変な思いをしているうちに、私たちは一つであったという記憶を思い出さざるを得ない、思い出す方向に行かざるを得ない、そっちの方向に強制されるわけですね。 自分=ユニティ、ひとつなんだということを思い出した達人たち、マスターたち、聖人たちは、例えこの世の問題のさなかでも笑うことがあるんです。この世の中というのは、一旦そのような意識状態を手に入れた人にとっては、素晴らしい冒険なんです。例え何か大変なことが起きていようとも。だからシリアスな問題が起こっているさなかにでさえ笑ったりする。なので、逆にそういう意識状態でない人たちからは、厄介ものとか、トラブルメーカーのように受け取られてしまうんですね。 |
| 和田: | なるほど〜・・・よくわかります。 |
| ケヴィン: | 時に聖人たちは、お葬式で笑ったりもしますからね・・・笑
彼らは、死なんかないとわかっていますから。肉体が無くなった人と依然コミュニケーションが取れているわけですから、その聖人たちというのは・・・でも、そうでない意識状態の人たちからすると、お葬式で笑うなんて不謹慎だってことになる。「あんな奴、摘み出せ」と・・・笑 物質次元の命とは尊いものです。でも物質次元でのあなたの命は、あなたのトータルセルフのほんの一部分に過ぎないんです。 ![]() |
| 和田: | とても面白いですね。ところで、いろんなお話しを聞いてますが、ケヴィンがいまの活動に至るきっかけになったことは、どういうことでしょうか? |
|---|---|
| ケヴィン: | 今生でのことですよね? |
| 和田: | フフフ・・・今生でお願いします。 |
| ケヴィン: | 笑・・・そうですね、子供の頃から自然に体外離脱をする様な子供だったんです。これは、特に変わったことだとは思わないんですけれども、みんな子供の頃というのは、夜寝ている時なんかは、ごく自然に五感を超えた領域にいっているんだと思うんですね。寝ている時に、私たちは自分が自分を誰だと思っているか、自分が自分だと思っている自分というものを手放しやすくなっているんです。意識自体が多次元、他の次元に旅しやすい状態になっています。目が覚めた時に、それを覚えている人と覚えていない人がいるんですけれども。そしてこれは、あなたはあなたを誰だと思っているでしょうか?自分は何者だと思っているでしょうか?という問いにすべて帰着していくんですね。
中国の哲学者の荘子は、ある時、自分が蝶になった夢を見たんです。目が覚めると自分は人間なんだと気がつく。そして、私は本当はどっちなんだろう?と疑問に思ったんです。本当は人間になった夢を見ている蝶なんだろうか?または、自分は蝶だったという夢を見ていた人間なんだろうか、どっちなんだろうか?という風に。 私は、その両方が本当なんだろうと思うんですね。私たちは、深い眠りにいる状態の時というのは、思っている自分に縛られずに、意識は自由に次元間を旅します。 深い意識状態から物質世界に戻ってくる間なんですけれども、物質世界の意識状態と深い意識状態の時というのは、あまりにも違うので、こちらの物質世界の意識は、その意識が深い状態の時の現象とか、体験した時の事とかを拒絶するんですね。それでそれを覚えていないことを選択してしまう、そういう問題がありますね。柔軟な性格の人は、深い意識状態での事を、物質世界での意識状態でも覚えている事が比較的容易なんですけれども、すごく杓子定規な人、真面目な人とか、かたい人のようなパーソナリティだと、そこを覚えていられる様になるのに、非常に助けが必要になります・・・・・じゃあ自分の話に戻りましょう・・・・笑 |
| 和田: | そうでしたね・・・笑
![]() |
| ケヴィン: | 話が少し脱線しましたけれど、子どもの頃に体外離脱をしていたというのは、何も特別なことじゃないと思っていたんですね。そして、体外離脱体験というのは、その後もずっと自分の中で起こり続けていたんですね。でも、なぜか自分の中で、ガイダンスと言いますか、そういう導きがあって、まだ人に話す時期じゃないよという、そういう風に何か言われてたんですね。
小学校2年生の時に起こった事なんですけども、それまで自分の周りにいた友達同士は、お互いの思いを言葉に出さなくても通わせていたのに、その頃になると、自分の思いを誰もそういう方法では聞いてくれなくなっていることに気がついたんです。私にはみんなの考えや思いがまだ聞こえてくるのに。ショックでした。そういう風になっていったんですね。 その頃から周りの子供たちの敏感さとか感受性というものが段々薄れて行って、エゴが強くなってくる。そんな風に私は感じていました。皆がどんどん閉じていき、私はとてもさみしかった。それで4年生くらいになると、おそらく90%くらいの周りの友達、同じ年の友人たちは、言葉でないとコミュニケーションが取れなくなっていたと思います。それで、中学生くらいになると、私自身も周りと協調していくために、自分の能力というものを閉じていかなければならなくなりました。その後の6年間ぐらいとうのは、私にとってスピリチュアリティが冬眠していた時代です。 |
| 和田: | それは、ケヴィンが社会性の中で閉じこもっていったと言うことですか? |
| ケヴィン: | はい。
そういう話をすると、周りの人たちが心地よく思わない、嫌われるんですね。 |
| 和田: | さっき、小学4年生の頃の話というのは、それまでにほとんどの周りの友達は、だんだんと閉じていったわけですよね。でも、ケヴィンは閉じなかった。 |
| ケヴィン: | そうです。他の子供たちは、小学校2年生とか4年生で閉じていきました。私はみんなよりも遅かったけれども、最終的には閉じたということですね。
そんな流れの中で、高校を卒業した夏休みに、交換留学生で海外に行ったんです。それで何が起こったかと言うと、高校生でもあったので、決まった服を着なければいけないとか、あれをしないといけない、これをしないといけないとか、社会的な規約にすごく詰め込まれていたんですが、そこからすとんと抜け出られたんですね。 私の国の文化とか親や学校、という3つの枠の縛りから、交換留学によって抜け出られて、17歳の時だったんですが、交換留学中の2ヶ月の間に、ものすごい量の意識の目覚め、開花があったんです。千里眼的な透視、何か見えないものが見えてしまうとか、または、サイコキネシス、念力的な力とか、次々に、突然爆発的に開花していったんです。しかし、その留学から帰国したら、パッたりとそうした能力がまた閉じてしまいました。それはショックで、混乱しました。 そして、自分にとって、これは一体何だったんだろうと思ったのが、真実を求めるきっかけとなりました。これには何か大きな宇宙的な背景があるのだろうかと・・・・ 結果的に、東洋の文献を読むようになったり、東洋の神秘論ですとか、東洋哲学や東洋思想というような本を読むようになったんです。西洋にも密教的な伝統というのはあるんですけど、この時点での私は、そこには気づいていませんでした。東洋の密教思想とか、そういう本を読み始め、それでアジアに行こうと思いました。 ![]() |
| 和田: | では、アジアへの旅というのは、単なるバックパッカーではなくて、どこか教えを請いにグルの所に行ってみようとか・・・ |
| ケヴィン: | まあ、いわば求道者ですね。
天が私の思いを聞いてくれました。本当にそれを望めばスピリットガイドというのは、聞いてくれます。まあ、あきらめなければならないものもありましたけれど。私は、アメリカでの生活、そこでの人生というものをあきらめました。そして、とても不確実な未来でしたが、そこに向かっていく選択をしたんです。私は、それまで成績のいい建築学の学生だったんです。私にとっては、いったい何が起こっているのか、自分が知りたい事、そっちの方が大事だったんですね。なので、自分の中で、小さな死を体験したと言ってもいいかもしれませんね。 友達には、アジアに行く時に「いつ帰ってくるか分かんないよ」という風に言いました。みんな「来年には帰ってくるさ」みたいなことを言ってたんですけれど、それ以来帰っていませんね・・・笑 何度か帰郷はしましたが、郷里を出て、もう25年になります。 |
| 和田: | ケヴィンはアジアだけじゃなくて、マヤとかペルーなど、そういった所でシャーマンとかグルの所で修行してますね。 |
| ケヴィン: | 最初はインドで過ごしました。そして、ラッキーなことに、シュリ・ユクテスワの当時存命していた最後の弟子で、完全に覚醒意識に達していた パラマハンサ・ハリハラナンダ(2002年入定)のアシュラムでイニシエーションを受け、修行することができたんです。クリアヨガのアシュラムですね。シュリ・ユクテスワは『あるヨギの自叙伝』の著者であるパラマハンサ・ヨガナンダのグルです。
ネパールでは、ラマのもとでも修行しました。後に、シャーマニズムというのがとても興味深い視点を提供してくれてるんだということに気がついたんです。それから、北米やネパールのシャーマンたちに師事して教えを学びました。中米や南米でも学びました。北米は、ネパールに比べると頻度は少ないですけど。 私がアジアを旅している間に、ロバート・モンローが、新しく2冊本を出したという事を知ったんです。そして、その残りの2冊を読んだんですね。モンローの1冊目はずいぶん前に出てたんで、それを読んだ時点では、ただの体外離脱に関する本なんだなという認識でした。私自身体外離脱を十分にしていたんで、まあそれはそれとしての認識しかなかったんですけれども、その後に彼の書いた残りの2冊を読んだんです。そうすると残りの2冊には、ずっとずっと高い意識の事が書いてあったんです。私が師事していた、とても高いレベルのシャーマンでさえ、モンロー研究所に行くことを勧めてくれたんです。 そして、モンロー研究所のフルトレーナー(レジデンシャル・トレーナー)になりました。後年、中米のマヤの長老たちのグループに招待されて、魂の救済のワークショップを彼らに教えるという、とても名誉なことに恵まれました。マヤの伝統の中には、まだまだパワフルなシャーマンが残っているんですけれども、彼らはマヤの文化の中枢部にいると言うよりは、ジャングルとかに隠遁してしまっていて、中心となる文化圏には実際のシャーマンというのは、なかなかいないんです。スペイン人が侵略してくる前のマヤというのは、シャーマンがいる文化というのではなくて、マヤ自体が、とてもシャーマン的な文化だったんです。 なので、マヤの文化圏に失われたマヤの文化を復興させようとする協会があるんですけれども、そこに招待されたんです。そして、マヤの長老たちへのワークショップというのが実現したんです。メキシコのマヤの長老やマヤの長老のチーフに、私の知っている事を伝授することができたことは、とても光栄なことでした。マヤの長老のチーフと私は、マヤ語のラジオ局で、スペイン語とマヤ語と英語でインタビューを行ったんです。いかにマヤのスピリットを復興させるかというトピックで、ラジオのインタビューを受けました。 ![]() |
| 和田: | 日本に来ることになったきっかけは、どういう経緯だったんですか? |
| ケヴィン: | もともとそういう予定はなかったんですが、まあ、精霊に導かれた、スピリットに導かれたんでしょうか・・・ |
| 和田: | ケヴィンは、体外離脱の体験を繰り返す中で、多次元的な世界の存在とコミュニケーションしていたのでしょうか? |
| ケヴィン: | 先ほど言い忘れてたことがあるんですが、子供の頃、体外離脱体験をたくさんしていた中で、明晰夢もよく見ていました。そういう明晰夢の中で、自分の家の屋根裏部屋の上に、さらに屋根裏部屋がずっと何層にも続いているという、そんな明晰無を見ていました。そして、その屋根裏部屋をずっと登っていくと、そこには自分の祖先だという存在がいたりですとか、あなたのおばあちゃんのおばあちゃんなのよと言う人がいたり、そういう話をしてくれる存在たちがいてコミュニケーションをとったんですね。
または、明晰夢の中で、地下室にいくと、さらに下に続く階段があって、下にさがっていくと、また扉があり下に続く階段があって・・・と、どんどん下に降りて行ったんです。その下にトンネルが続いていて、そこに変わった生き物がいました。小人のような、さらに小人よりももっと変わったような存在もいました。シャーマニズムのアッパーワールド、ローワーワールドを知ったのは、そのずっと後シャーマニズムを学び始めてからなのですが・・・。 ただ、私は自分のことをことさら特別な存在だとは思わないんですね。と言うのは、私たちはみんなこれをやっているんです。少なくとも寝ている間はね。私は特別な存在だということではなくて、ただ覚えていた人なんだ、ということですね。そして他の人が思い出すのを手伝っている人なんだ、そういう風に自分の事を思います。なので、私の感覚としては、私は他の誰かとも違う存在だとは思わないんですね。特別な存在ではないということです。 |
| 和田: | とても面白いですね。興味深いです。もっといろんな話を聞きたいんですが、時間の都合もあるので、この先は、ぜひ、ケヴィンのセミナーやワークショップを楽しみにということで・・・
そんなわけで、最後になりますが、ケヴィンはこれからどんな活動をしていく予定ですか? |
|---|---|
| ケヴィン: | 世界のシャーマンたちとの学びを続けて行って、そして、さらに上級のコースをやっていきたいな〜と思っています。また、要望があれば明晰夢のコースですとか、神聖幾何学のコースとかもやっていけるかなと思います。 |
| 和田: | 僕の提案なんですが、ケヴィンと一緒に、子どもたちのためのワークショップをやってみたいですね。 |
| ケヴィン: | うん、とても素晴らしいと思います。 |
| 和田: | いまの子供たちは、現代社会のシステムに囚われていて、本来の魂としての自由な存在であることを、忘れさせられる環境になっていますね。よく、アフリカで、子供たちが銃を持たされて、戦士としての訓練を受けさせられたりしていますが、このことは、現代の日本でも、もしかするとカタチは違えど、魂の本質を生きるという観点からは、似たようなものなのかもしれません。子供たちの魂を解放するというですね・・・。 |
| ケヴィン: | はい。そうかもしれないですね・・・
ひとつ、お伝えしておきたいことがあるんですね。 それは「あなたは宇宙です」という事を本当に申し上げたい。 それは思い出すだけでいいんです。「あなたは宇宙です」本当にそれだけなんですね。 そして、体外離脱とか、シャーマニズム、サイコキネシス、リモートヴューイングとか、そういうのは、すべて自分が宇宙であるという事を思い出すプロセスの副産物に過ぎない。 また、自分が宇宙だという事を思い出すというのは、私たちの日常生活に応用できて、実践できる。とても有効なプロセスなんですね。 自分が何者であるかを思い出せば思い出すほど、この次元のこの人生を、よりパワフルに生きていくことができるんです。私たちが怖れと欲のサイクルから解放されればされるほど、また、私たちは宇宙だという事を思い出せば思い出すほど、怖れのサイクルから解放されていきます。そうすることで、より現実の人生をフルに生きていく事ができるようになるんです。これは、私たちにとって、とても実践的、実用的な事だと思います。 日本語でいう「絵に描いた餅」・・・英語では、「空に浮いているパイ」ではない、ということですね・・・笑 ![]() |
| 和田: | 多次元的な世界を、この3次元である今の世界に、いかにフィードバックしていくか、ここの世界で創造していくのかという事ですね。 |
| ケヴィン: | 個体化すると言えばいいでしょうか。私は多次元意識をこの日常の意識状態に具体化する、具現化する、肉体化するという事だと思うんですけれど、それは、私たちが映画を見ている様なものですね。映画を見ていると、私たちはすごく話に引き込まれて、興奮して、ポップコーンを食べながら楽しむんですね。それは、冒険なんです。
私たちは映画を見ているという意識がちゃんと持てているんですけども、もし一旦私たちが映画の中に引き込まれて、中のキャラクターと同一化してしまって、そして、自分が映画を見ているという事を忘れてしまったらどうなるでしょうか。その映画の中の出来事とか、人間関係とかですね、そういうものに、ものすごく引き込まれて、それだけが真実だと思い込んでしまって、その中の怖れとか欲とかのサイクルにどっぷりと浸かってしまって、自分が本来映画を見ていたんだということを忘れてしまっている。いまのこの次元での意識状態とは、そういう状態になってしまっているというわけです。映画の中のキャラクターと同一化してしまって、自分が映画を見ている事を忘れてしまっている状態から、本来は映画を見ていたのだということを思い出す。そういうプロセスですね。これは、私が新しく言っていることではないんですね。 |
| 和田: | とても分かりやすいですね。 |
| ケヴィン: | はい・・・笑 |
| 和田: | もっともっとたくさん、お話しを聞きたいですね・・・笑。この続きは、ぜひ、ケヴィンのセミナーやワークショップで、深く、深?く体験していただきたいです。
今日は、本当に、長時間ありがとうございました。 |
| ケヴィン: | ありがとうございました。 |
通訳協力 ターナー雪子 |
|